自分の進歩のなさを白状するようで恥ずかしいかぎりですが、この見解は20年余り経った今でも大きく変わるところはありません。その間、ウォークマンの命名者で「たこの赤ちゃん」ほか数多くの秀逸なCMを世に送り出した元ソニーの河野透氏ほか私が敬愛する何人かのブランド現場のプロの方々が折に触れて引用してくださったのも大いに励みになりました。
もしこのブランドの捉え方が大きく間違っていないとすると、強いブランドでは、多くの人の頭の中にそのような口座が出来上がっているはずで、したがって、ブランドの強さを測るにはその口座が出来上がっている人の数を数えればよい、ということになります(簡単のため口座残高の違いは誤差のうちと仮定しました)。世の中には数多くのブランド力指標と呼ばれるものがありますが、そのどれもが複雑なデータと難解な計算を経て算出されていて何を測っているのかが肌感覚で分かるようにはなっていません。今回の試みは、自分のブランドが「好き」と刻印されている人の頭数を数えるだけなので、これ以上シンプルで分かりやすい指標はないと思います。ではどうやってブランドが刻印されているかを測定できるのでしょうか。
1.2 好きなブランドも好きな理由も純粋想起
マーケティングのプロである皆さんには釈迦に説法ですが、予めブランド名を出さないで「好感を持っているブランドをお答えください」と尋ねるのを「純粋想起(非助成想起)法」、「トヨタ」、「資生堂」などブランド名を示して「知っている」、「好感を持っている」、「どちらともいえない」などの選択肢から該当するものを選ばせるのを「助成想起法」といいます。
前者では、鮮明に刻印された名前だけが回答者から自発的に告げられるのに対して、後者では、おぼろげにしか覚えていない名前だけでなく場合によっては実際には全く覚えていない名前もさまざまな理由から「知っている」とか「好感を持っている」と回答される可能性があります。よくスポーツ中継の試合後、「今日一番目だった選手は?」とアナウンサーが解説者に聞くことがあると思います。そこですぐに名前が挙がる選手は突出して印象深かった選手に違いありません。そのあと「では**選手は今日はどうでしたか」と尋ねられ、仕方なく「ディフェンスはよかったですね」と答えるようなこともよく見かけられます。前者が純粋想起、後者が助成想起の例でその印象の鮮明さの違いははっきりしています。
今回私たちが測りたかったのは明らかに前者のケースです。ブランド育成現場の達人たちも声をそろえて「純粋想起が望ましい」と言います。ではなぜ純粋想起に基づいたブランド指標がないのでしょうか。理由は簡単で、回答者の負担が重過ぎて「現実的でない」ということのようです。
実際には生活者の頭の中にはさまざまな鮮明さ、深さで「預金口座」が設けられていて、それに応じていろいろなレベルでの純粋想起調査が考えられます。例えば、
■あらゆる領域を横断して真に一番好感を持っているものは?
■食の領域《食品/菓子;飲料/酒類;飲食店/ファーストフード/カフェ;お弁当 など》で一番 好感を持っているものは?
■一番好感を持っているビールは?
領域を狭く設定すればするほど具体的なので思い出しやすく、答えやすくなります。ただその分、浅い記憶でも名前が挙がりやすくなります。また、生活のあらゆるシーンをカバーしようとすると質問の量は膨大なものになりとんでもなく長い調査票になります。まさに「現実的でない」話ですね。
今回は入念な予備調査の末、一部を除いて生活のほぼ全域をカバーする11の領域を設定し(後述)、一人の回答者には割付けにより7つの領域について好感を持っているものを3つまで答えてもらうことにしました。最大21個の名前を思い出して答えるという作業で、これだけでも回答者の負担は相当なものになります。
今回はそれに加えて、無謀とも思える野心的な試みに挑戦しました。次の2つの質問を追加したのです。「そのブランドの体験の有無」と「好感を持つ理由」の2つです。特に後者は、通常の調査では、「価格が安い」、「信頼性がある」、「可愛い」などの予め用意された選択肢の中から該当するものを選ぶ形式が取られています。今回はあえて選択肢を用意しないで自由に記入するやり方を取りました。好感を持つブランドの名前は名詞一つですが、理由となると決して短くない「文」が予想されます。追加的に最大21個の文を要求するのですから、これは「現実的でない」を超えて「狂気の沙汰」と言ってもいいことかもしれません。
結果を先取りして少しだけ申し上げると、この「狂気の沙汰」の調査にもかかわらず、思った以上に豊かな情報を得ることができました。特に「好感の理由」には思いもよらない尖ったものが散見されて、ブランドが成育している生態系を捉える「ブランド生態調査」としてはなくてはならない情報になりました。以下はそのような例のいくつかです。
日本経済新聞:おもしろい。人と話す時のネタが豊富
激落ちくん:いろいろなジャンルに対してこのシリーズが発売されているが、激落ちくんはどこにでも使用できて、洗剤ではないので、食品関連でも気軽に使えるので助かっている
阪急電鉄:補助で働いている人ですら礼儀正しい
これらは回答者の思いがこもっていて事前に用意された選択肢では絶対に捉えられないものではないでしょうか。
(2)こんな回答が得られました
2.1 調査概要
調査概要は表1、対象とした商品・サービス領域は表2のとおりです。
表1 調査概要
期 間 | 2019/02/04~2019/02/06 |
対 象 |
首都圏1都3県(東京・神奈川・埼玉・千葉)の18歳以上の男女4459名 関西地区2府4県(大阪・京都・兵庫・滋賀・奈良・和歌山)の18歳以上の男女2951名 性年齢で均等割付 東西合計7410名 |
調査実施 | インテージ |
調査方法 | インテージ社モニターによるインターネット調査 |
純粋想起法 | 提示した複数の領域で「好きなブランド」と「好きな理由」を自己記入してもらう |
対象領域(テーマ) | 表2参照 |
表2a 調査対象領域
《固定領域》 必ず含める領域 全回答者に提示 |
《選択領域》 直行配列で組み合わせる領域 3/7の回答者に提示 |
1.住まい
|
1.ファッション 2.家電・通信 3.美容・健康 4.情報メディア 5.レジャー・エンタメ 6.食品 7.ショッピング先 |
表2b 固定領域
1.住まい:住宅/マンション;電力/ガス/水道;キッチン/浴室/トイレ;家具/インテリア など |
2.クルマ・交通:クルマ;バイク;自転車;タイヤ/カー用品/ガソリン;レンタカー;飛行機/鉄道 など |
3.街:ショッピングや食事、街歩きなどで訪れる街/地域 |
4.生活雑貨・日用品:お洗濯/キッチン回りの清潔/食器洗い/お掃除 に関する 洗剤/用品/用具など;その他生活雑貨全般 |
表2c 選択領域
1.ファッション:アパレル(衣料);バッグ/靴/時計/財布/アクセサリー;メガネ;下着 など |
2.家電・通信:生活家電(洗濯機・冷蔵庫・炊飯器など);情報家電(テレビ・オーディオなど);美容家電;デジカメ;PC;スマホ/携帯電話 など |
3.美容・健康:化粧品;オーラル(デンタル)ケア/ヘアケア/手と体の清潔ケア;医薬品;健康食品/サプリメント;ベビー用品;美容サロン/ジム など |
4.情報・メディア:出版;新聞/雑誌;テレビ/ラジオ;PC/スマホなどで利用するサイト/アプリ(ショッピングを除く) など |
5.レジャー・エンタメ:旅行/ホテル;テーマパーク;スポーツ/アウトドア;玩具/ゲーム;映画/音楽/演劇 など |
6.食:食品/菓子;飲料/酒類;飲食店/ファーストフード/カフェ;お弁当 など |
7.ショッピング先:百貨店;スーパー;コンビニ;専門店;ショッピングモール/ドラッグストア/ホームセンター/家電量販店;オンラインショッピング/ネットオークション、など買物をする場所 |
表2d 領域の組合せ(計7通りの直交配列)
1.ショッピング先 |
食 | 家電・通信 |
2.ショッピング先 |
レジャー・エンタメ | ファッション |
3.ショッピング先 |
美容・健康 | 情報・メディア |
4.食 |
ファッション | 美容・健康 |
5.食 |
レジャー・エンタメ | 情報・メディア |
6.家電・通信 |
ファッション | 情報・メディア |
7.家電・通信 |
レジャー・エンタメ | 美容・健康 |
2.2 回答例
具体的な回答例を見ていただくのが一番だと思います。7410人の中から3人選びましたが、特に模範的なものを選び出したわけではありません。図1~図3をご覧ください。
事前に危惧したのに反して、非常識に長いお伺いにもかかわらず相当豊かな情報が得られました。通常の助成想起型調査では得られない種類の情報が随所に見られます。一番苦労したのは、回答者に気分よく回答してもらうための工夫です。そのために、さまざまなワーディングの調査票を試すために6,7回の予備調査をしました。最後の予備調査は500票のかなり本格的な調査で最終確認を行い、7000人の本調査を行ったという次第です。
回答者がいかに気持ちよく答えてくれたかは、図4と表3をご覧ください。この秘訣は調査票のワーディングにあるのですが、残念ながら今回はこれをお見せすることはできません。
表3 回答後のコメント
F9 今回のアンケートについて、ご意見やお気づきの点などがございましたら、ご自由にお書きください。 ※特にない場合は空欄のままお進みください。 |
■ライフスタイルに対する感性や価値観を把握することでは、更なるアンケートも楽しみにしています。 ■わかりやすくて答えやすかったです。もう少し詳しく答えても良かったのかもしれませんが、ものやお店などあまり興味がある方ではないので、このような解答になりました。 ■端的で良かったです。ダラダラと何が聞きたいのかよく分からないアンケートが多い中、好感が持てるアンケートでした。 ■事前の説明が詳しく、見通しを持って快適に回答できた。 ■この種のアンケートなら又こたえたい。 ■優しかった。わからない事なのにしつこく聞かれる問題もあるなか、わからなければスルーできてよかった。 ■フリーキーワードでの自由回答は初めてだが、改めて身の回りのものを考える機会になり大変面白いと思った。 もう少し具体的な質問や思想信条に関するものだと、どんな回答が集まるのが興味深い。 ■アンケートありがとうございます。 またこれぐらいの量でこれぐらいのポイントを頂けるのであればすぐに参加させて頂きたいです。 ■自分の生活の 振り返りをするようで楽しめました。 ■趣の変わったアンケートで、答えてて楽しさを感じた。 ■追加のアンケートも、OK。 ■好きなものをこたえるので楽しかった。 ■自分が惹かれているブランドについてより考え想像できたので楽しかったです。 |
片平 秀貴 (かたひら ほたか)
丸の内ブランドフォーラム 代表
2001 年、「丸の内」ブランド再構築のお手伝いがきっかけで丸の内ブランドフォーラム(MBF)創設。
「社会に笑顔の循環をつくる」の信念のもと、同志とブランド育成の勉強と実践を続けている。
丸の内ブランドフォーラム
URL: www.mbforum.jp