ライオンファンの半数は花王も好き
この2つのブランドの親近度、すなわちファンの重複度は、ANAとJALのケースよりさらに濃厚です。両方を挙げている人は102人で、それはライオンファン200人の中で51%、花王ファン365人の中で27%強になります。
親近度で見るとここにP&Gも入れて考えるべきところですがファン数がライオンの半分以下と少ないため、花王とライオンに絞って見てゆくことにします。まず、ANAとJALの場合と同様に全く同じコメントをした人の中身を見てみましょう。
<1>花王とライオン2つに対して全く同じコメント …31人
両方に好感を持つ人102人中2つに対して全く同じ理由を挙げている人が31人います。その理由は
よく使っている |
12人 |
信頼・品質・安心 |
10人 |
種類が多い |
4人 |
日本の大メーカー |
3人 |
TVCM |
2人 |
でした。基本的に「大手で安心、馴染みがあるから」というわけです。
<2>それぞれ違う理由で「好き」 …59人
花王とライオン両方が好きですがその理由が違う、という回答です。こちらもいろいろとあるのでその代表例を5つ以下に挙げます。なお、これら31人と59人以外に回答無しががあり合計102人になります。
ライオン |
花王 |
◆食器洗いのマジカが、お気に入りです。 |
◆洗濯洗剤は、やはり、ここの製品が、優れてますね。 |
◆洗濯洗剤のコスパがいい |
◆キッチン周りの掃除が楽になる |
◆洗剤の香りがいい |
◆入浴剤が気持ちいい |
◆トップナノックスに嵐の二宮くんを起用していたり、柔軟剤に西島さんを起用したりされてたので洗濯用の洗剤はライオンのを使ってます | ◆花王のお掃除の商品が使いやすく、香りも好みで苦手なお掃除もやってみたくなる |
◆長い歴史がある | ◆技術開発が抜きんでている |
これを見ると洗濯、キッチン、お掃除など機能領域で両者を使い分けている人が目立ちます。ただそこに「~は花王」、「~ならライオン」といった目立った傾向はなく、人によってさまざまな使い分け方があることが読み取れます。花王もライオンもそれぞれの領域で仲良くファンを分け合っているようです。
つぎにこの人たちの年齢分布を見てみましょう。図2aが花王、図2bがライオンです。両方とも男女ともに60歳以上が突出していて分布が酷似していることが分かります。こんなに老齢化していたとは。大変ショッキングな事実ですね。グラフは省略しますが、食の分野の「明治」と「森永」、「アサヒ」と「KIRIN」もよく似た傾向を示しています。
クリックして拡大(図2a・b・c)
花王とライオン①
図2cは花王とライオンともに好感を持っていると挙げた人の分布です。こちらはさらに老齢化していて40歳代以下がほとんどいません。これは上でご紹介したANA・JALの若年層に重複が多いケースの逆で、一言で「業界のトップ2(3)ブランドは同じファンを共有している」と言ってもその様相は一つではないことが分かります。
若・中年層は商品ブランドで買う
では、花王、ライオンの両社は老齢顧客とともに消えようとしているのでしょうか。両社はそれぞれ「キュキュット」、「Magica」という台所用洗剤ブランドを持っています。社名をつけないでただ「キュキュット」、「Magica」が好きと答えた人の年齢分布は図3a、図3bのとおりです。参考までにP&Gの「ジョイ」も図3cに載せました。
キュキュットもMagicaも(ジョイも)30歳代、40歳代が中心であることが分かります。筆者がセミナーなどの参加者(主に3,40歳代)に台所用洗剤のよく使うブランドを聞いた後で「~はどこの会社が作っていますか?」と質問するとほとんどの場合「えっ、どこ?どこ? 分かりません」という答えが返ってきます。その人たちの頭の中にあるのはただの「キュキュット」で「花王のキュキュット」ではないようです。
同じ生活雑貨の分野でこれら以外に注目すべきブランドは首都圏で8位に入った「激落ちくん」と関西圏で10位に入った「ウタマロ石けん」です。激落ちくんのファンの年齢分布は図3dのとおりですが、女性を中心にグラフが極端に左肩上がり(年齢が若いほどカウントが高い)なのが特徴的です。
クリックして拡大(図3a・b・c・d)
二極化する生活者
花王もライオンも企業名レベルではファンが高齢化しているものの、商品ブランドにしっかり若・中年層のファンがついていることが分かります。以下の3点に注意したいです。
(1)図2a~図2cを見ると典型的には60歳以上(シニア層)が企業に対して好感を持ち、39歳以下(若・中年層)が商品に対して好感を持っていることが明らかです。シニア層は2つの理由で「花王」、「ライオン」そして「花王とライオン」が刻印されていると考えられます。彼らが若かった40~50年前はこの領域の商品展開が単純で、花王の洗剤やライオンの歯磨というレベルで認識するのが普通だったと考えられます。そのときの刻印がずっと生き続けているのではないでしょうか。それと関連しますがもう一つの要因は、彼らがTVとともに生きてきて今も生きているところにあると思われます。今でも「この番組は花王(ライオン)がお送りしました」という類のメッセージはTVをONにするとすぐに流れてきます。彼らは数十年にわたって企業名を訴求するTVCMと生きてきたのです。
(2)ではなぜ「花王+ライオン」のファンがシニア層に多いのでしょうか。花王もライオンも独自の理念のもとに素晴らしい仕事をしてきていますが、シニア層の多くにとっては、上で見たように「信頼できる会社か」、「品質は大丈夫か」、「有名か」などがきわめて重要です。それから見ると「両方どちら(で)もいい」ということになっても不思議ではありません。冒頭でも述べたように、食の領域の「明治」と「森永」、「アサヒ」と「KIRIN」も同じことが言えるのではと思います。
(3)それに対して、若・中年層はここ10~20年商品の洪水の中に生きてきました。問題は無数にある類似の商品の中から「私にとって価格に見合った価値があるのはどれか」で、情報源はTVというよりはネットやSNSでの信頼置ける友人・知人の推薦やレビューサイトでの評価です。「有名な信頼おける会社の商品か」ではなく「信頼置ける人やサイトが薦めているか」が決め手になるので、ライオンが好きだからMagica、ではなく、あの人(あのサイト)が薦めているから、そして使ってみて不都合がないからMagica、なのです。どの会社が作っているかはそれほど問題になりませんし、それを知らないというのも納得がいきます。
激落ちくんやウタマロ石けんを作っているメーカーは失礼ながら花王やライオンほど大きくはありません。若・中年層にとっては、商品に価値がありさえすれば会社の大小は大して問題にならないというわけです。ちなみに、キュキュットとMagicaは互いに親近ではありません。商品ブランドレベルでは「顧客はライバルの両方が好き」現象はないようです。
参考までに図3eはInstagramファンの年齢分布です。女性に関して激落ちくんの分布とよく似ています。直接同じ回答者なわけではありませんが、激落ちくんのファンがSNSから情報を得て行動している傾向が強いとみることはできないでしょうか。
クリックして拡大(図3e)
花王とライオン③
消える企業ブランド、このままでいいのか
花王とライオンのファンが重複している現象は興味深いですが、上で見たようにこの現象は高年齢層だけに偏在していて、10年後にはその比率が下がり薄まるのは確実です。ファンの重複も薄くなりますが、花王、ライオンという企業ブランド自体も影が薄くなりそうなのです。
若・中年層の生活者はキュキュットやMagicaといった商品レベルの費用対効果に関心がありますが、花王やライオンといった作り手集団にはあまり関心がありません(図2a~2c)。
どちらが鶏か卵か分かりませんが、メーカーも最近は商品をアピールしますがそれを誰がどんな思いで作ったかを語ることがありません。個別商品のTVCMや公式ウェブサイトでは花王やライオンのロゴマークは邪魔者のように隅っこに追いやられています。
商品ブランド偏重がなぜ危険か。そこにはそのブランドに命を賭ける強い思いを持った人がいないのが常で、人事異動によって簡単に主が交替し、芯が育ちにくいこと。したがってそのブランドに「文化」が育たず永続性に欠けること。そして、同じ作り手集団が作る他の商品ブランドとのシナジーを享受できないこと、などなど大きな問題をはらんでいます。
今回の調査では、自分の商品領域の先頭で一人輝く「一強ブランド」もいくつか生まれました。クルマのトヨタ、ファッションのユニクロ、家電・生活雑貨のパナソニック、住まいのTOTO、外食のマクドナルド、などです。これらの特徴は、それぞれに独特の強い「イズム」があり、それに裏打ちされた「1つの名前」をひたすら熱く大切に守っているところです。無印良品やニトリも同じ図式で後ろから迫っています。
生活雑貨の分野でも、上で見たように、激落ちくんとウタマロ石けんは要注目かと思います。特にウタマロ石けんは「イズム」があって「1つの名前」の下に「圧倒的な感動体験」を提供し、SNS経由若い主婦の間で人気が急上昇しています。(ウタマロ石けんの主、西本武司氏(株式会社東邦 代表取締役社長の声:https://www.toholtd.com/about/topmessage.html)
おわりに
話が「なぜ顧客はライバル企業の両方が好きなのか?」という本来のテーマからややそれてしまいましたが、10年後に「花王とライオンが両方とも名前が挙がらない」ことは実に大変なことで社会全体にとっても大きな損失です。そのようなことで本題から少しずれたことをおゆるしください。
さて、この問題の修正は実に簡単です。花王もライオンも本来永い伝統と強い「イズム」のある会社です。ユーザーに寄り添って、花王チームがご家庭を訪問し「こんなのあったらいいな」を見つける手法は花王が火元です。いまは無印良品やP&Gでは当たり前のことになっていますが。ライオンはその優しい企業人格から私どもの調査では日本で一番嫌われない会社の一つになっています。
問題はキュキュットなどの人気商品と会社が紐付けられていないことです。私の回りでも「ジョイって花王?」、「MagicaってP&G?」という人で溢れています。「イズム」をゼロから作るのは大変難しいですが、すでに強いものを持ち合わせているので、それをさまざまなストーリーの形で発信しながらそれと個別の商品をつなげていけばいいのではないでしょうか。
SONYはその昔TVCMの最後に必ず「It’s A SONY」をつけて「SONY」を育て上げました。いまニトリは最後に必ず「お値段以上、ニトリ」を入れてじわじわ「ニトリ」が育ってきています。サントリーは「水と生きる」という企業メッセージを定めてほぼ15年になりますが、今回の調査では「その姿勢にほれた」という類のコメントが散見されています。
もはやTVCM主導の時代ではありませんが、SNSを中心に「花王」、「ライオン」とその商品群の発信を地味に永く続けて行くのが「急がば回れ」の方策のような気がします。例えば、facebookでは花王は公式アカウントを持っていてフォロワーも11万人とかなりの数いるものの各記事の「いいね!」はほとんどが200どまりで受けがよくありません。
ライオンはアカウントすら見当たりません。またTVCMでも、キュキュット、Magicaともに最後に「It’s A SONY」的画面が出ることはなく右上に本当に小さく企業名が出るだけです。
さまざまな異論がありえますが、生活者の頭の中から「花王」、「ライオン」の芯が消えようとしているのは間違いありません。十分な議論をしていただきたいと思っています。
本来のテーマに戻ると、2強の中には「スターバックス」、「Google」、「Amazon」など強い「イズム」のあるブランドがあります。なぜ1強で突き抜けないのかという疑問が残りますがこれは機会を改めて攻めることにしましょう。
最後になりますが、JMA(日本マーケティング協会)の現会長の藤重貞慶氏はライオンの元社長、会長、JMA前会長の後藤卓也氏は花王の元社長、会長です。JMAの名誉に賭けても「花王」、「ライオン」両ブランドがいっそう輝いていただきたいと思います。
片平 秀貴 (かたひら ほたか)
丸の内ブランドフォーラム 代表
2001 年、「丸の内」ブランド再構築のお手伝いがきっかけで丸の内ブランドフォーラム(MBF)創設。
「社会に笑顔の循環をつくる」の信念のもと、同志とブランド育成の勉強と実践を続けている。
丸の内ブランドフォーラム
URL: www.mbforum.jp